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04.29
Fri

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09.09
Wed


【ネガティブ警報発令中!根アカと生命力は立ち入り禁止!】

自分のブログを見かえすと、悲しいことに稚拙で陰気臭い文章がよく見られる。
「憂鬱さ」というものは自己陶酔的だし、内側を向いているので好きじゃないのに、どうしても書いてしまう。
「あぁ、今日も憂鬱だ」って。

そもそも、私の左肩には憂鬱、右肩には死という亡霊が28年間常にまとわりついてきたのだ。
全くネガに転じたダチョウ倶楽部のように三人トリオだった。

あれは、3歳の時―
鼻にワタを詰められ、真っ白になった曽祖父が箱の中で眠っていた
「死」との初めての対面だった
それ以来、私と憂鬱と死の三人は桃園の誓いのように義兄弟の契を結んだ
なによりも固い絆
ずっと私のそばにいて、いつも消極的なことを吹き込んでくれた
「生きることは死に向かって行進することなんだよーん。」

私は生まれて、その後、すくすくと成長した
勉強もした、運動会もした、友達もいた、受験もした、文化祭もした、親に反抗もした、就職もした、恋愛もした、いろいろ考えた、絵も書いた、海も泳いだ、海外も行った、本も読んだ、ヘマもした、大笑いもした・・・
もう20代も終わる。
まだまだやってないこともあるよと言われるかもしれないが、自分自身は人間として満足した。
あとはさっさと死ぬだけだが、それがなかなか難しい。
天寿がいくつかわからないが、もし平均寿命ほど生きる場合、女性の平均が86.83歳なので・・・
あと約60年間生きねばならない!
しかも、体は衰える一方だ。
あぁ、私は残りの60年間をどうしたらいいのだろうか。
「そんなの、あっという間だよ」というかもしれないが、
それでも60年間、一日一日を生きていかねばならないことは事実であろう。
毎日を生きる自信が私にはない。
決して、死にたいというネガティブな意味ではなく、もう満足感ゆえに生に執着しないポジティブな意味だ。

後ろ向きも、後ろを向ききってしまえば前向きなのと同じ。
このどうしようもないネガティブの亡霊も、もしかすると爽快と生の亡霊なのかもしれない。

この投げやりな気持ちは一周回ってしまえば、偉大なるアホウになれるかもしれない。
どうせなら、悲壮より阿呆でいたい。
毎日をおふざけ万歳!スチャラカポコポコ!と生きたいのだ。



追記
それでもやっぱり、今の自分は人生を終幕したい欲求がとても強い。
20代のうちに首吊って死んだほうが幸せだと思う。
首を吊りかけたことはあるけど、そんなに苦しくない。火花が散る感じ。
これは欝ではない。健全な精神でそう思う。

・・一方、もし80歳まで生きたら、私は死にたくないと言うだろうな。
絶対、生きたいと言うだろう。
生きたいと思うときには死んでしまう。
かわいそうに。




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09.09
Wed
久々に自分のブログを見る
この際、下書きも公開しようと思う
とにかく、憂鬱だったり、意味不明だったり今見ると面白い

本質的にメランコリックは変わらないけど
それが自分なんだろう
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