11.20
Wed
11.15
Fri
冬の浜辺は風が厳しい
その人は遠くから私の方に歩いてきた
灰色のさざ波が打ち寄せるギリギリの砂浜を歩いてきた
私の目が彼を捉えた瞬間、心臓は水をはじくような喜びがあった。
だんだん近づいてくるその姿に、鼓動は沸き上がり、
なによりも、その人がこちらに気づいたとき、いつものように形のいい唇の端を挙げ、
電球がチカッと付くように白い犬歯を光らせてくれることを最大に期待した。
わたしはその笑顔を愛していた。
その人は私とはっきり認識できる距離にまで来た
その表情は微塵の変化も見せず、口は一文字に結ばれ、目はこちらに一瞥もくれることなく私の前を通り過ぎた。横顔は石のレリーフのようだった。
風のせいでスーツの後ろだけが生き物のようにはためいている。
あまりの戦慄に声が出なかった。
口を開けた途端に、たくさんの冷たい風が入り込み死んでしまうと思った。
私に気づかなかったのか?それとも、意図的な無視なのか?
いや、これはただの無関心なのだ。
その瞬間、一本の太くて冷たい釘が心臓に打ち込まれ、痛みが全身を走った。
さっきまで沸き立っていた心臓はゆっくりと冷たくなり、沈黙した
私の前を通りすぎた彼は早々と先へ行ってしまう。
私はその人が後ろを振り返り「嘘だよ」と笑ってくれるんじゃないかという一つの貧しい希望をボロ切れのように握り締め、
その人の後ろを叱られた子供のようについていった
私をおいていかないで・・・
ふと気づくとここは密林のジャングルであった
歩くと地面はぬかるみ、足を奪う
絵の具を搾り出したような緑の葉や真っ赤な花があちらこちらから生え出て、私の視界と行く手を阻む
ジャングルに隠されたたくさんの野生の声が一緒くたに耳に飛び込み、煩雑さを極めた
そんな中を彼はまるで幽霊のように、一切妨げられることなく整然と歩いていく。
わたしは避けても避けても足はとられ、体は蔦に絡まれるので、とうとうその人の姿を見失ってしまい、
伸ばした手の先には濃緑の暗闇だけがあった
滂沱の涙が頬を温めた
鮮やかな油絵のようなジャングルは、急に水彩画のように溶けてにじみきってしまった
そのとき初めてなぜ彼の名前を叫んで呼び止めなかったのかひどく後悔した
私は道を失った
もうその人を追いかけることもできない
しかし、帰ることもできない
振り返ってもどこから来たかもうわからないからだ
ただただ悲しくてジャングルの中にひとりたっている
その時である
か細い羽音が頭上の髪を揺らしたのでふと見上げると、赤いプロペラを繊細に回すプラスチックの飛行機が私の上をハチドリのように飛んでいるのである
私はこの飛行機があの人のもとへと連れて行くと直感した
飛行機は私を先導し、私は涙を拭いて必死について行った
相変わらず、困難極まりない歩行であったが、足を止めるとその飛行機は私の前を立派に旋回し、小さな勇気を与えてくれた
私は信じてついて行った
行った先にはあの人が笑顔で待っていると
急に緑ばかりの風景が大きな灰色の景色によって阻まれた。
目の前にはこれ以上ない人工的な物体がそびえ立っていた
それは大きな灰色の建築物だった
この中にその人はいるのだ
そっと中に入る
自動扉があき、中に入ると後ろで扉が静かに締まる
耳をつんざく野生の一切の喧騒や鬱陶しさが遮断された
クリーンなエアコンの音だけが静かに響き、人工的な風が心地よく吹いている
前に進もうと思ったが、私の前には見えない壁があるようで進むことができない
私は自然の中にいすぎたために、人工的なこの空間に存在することが許されないのだ
褐色に焼けた肌、伸びっぱなしのとかれていない髪、木の皮が詰まった爪、擦り切れた服
私はどのくらいジャングルをさまよっていたんだろうか
その原始に近い姿は人工的な光の下に照らし出され、一点も隠されずに正直すぎるほどに露わになってしまった
真っ白の床の上に羞恥に満たされ佇む私を遠く嘲笑する視線を感じた
その方へ顔を向けると、綺麗なスーツを着た彼が立っていた
一人ではなく二人で
彼の隣には小奇麗な美人が不思議そうにこちらを見て微笑んでいる
あぁ、なぜ私はここまで来てしまったんだろうか
こうなることは分かっていたのに
体は細かな赤い砂粒となり床に散り散りになった
終
その人は遠くから私の方に歩いてきた
灰色のさざ波が打ち寄せるギリギリの砂浜を歩いてきた
私の目が彼を捉えた瞬間、心臓は水をはじくような喜びがあった。
だんだん近づいてくるその姿に、鼓動は沸き上がり、
なによりも、その人がこちらに気づいたとき、いつものように形のいい唇の端を挙げ、
電球がチカッと付くように白い犬歯を光らせてくれることを最大に期待した。
わたしはその笑顔を愛していた。
その人は私とはっきり認識できる距離にまで来た
その表情は微塵の変化も見せず、口は一文字に結ばれ、目はこちらに一瞥もくれることなく私の前を通り過ぎた。横顔は石のレリーフのようだった。
風のせいでスーツの後ろだけが生き物のようにはためいている。
あまりの戦慄に声が出なかった。
口を開けた途端に、たくさんの冷たい風が入り込み死んでしまうと思った。
私に気づかなかったのか?それとも、意図的な無視なのか?
いや、これはただの無関心なのだ。
その瞬間、一本の太くて冷たい釘が心臓に打ち込まれ、痛みが全身を走った。
さっきまで沸き立っていた心臓はゆっくりと冷たくなり、沈黙した
私の前を通りすぎた彼は早々と先へ行ってしまう。
私はその人が後ろを振り返り「嘘だよ」と笑ってくれるんじゃないかという一つの貧しい希望をボロ切れのように握り締め、
その人の後ろを叱られた子供のようについていった
私をおいていかないで・・・
ふと気づくとここは密林のジャングルであった
歩くと地面はぬかるみ、足を奪う
絵の具を搾り出したような緑の葉や真っ赤な花があちらこちらから生え出て、私の視界と行く手を阻む
ジャングルに隠されたたくさんの野生の声が一緒くたに耳に飛び込み、煩雑さを極めた
そんな中を彼はまるで幽霊のように、一切妨げられることなく整然と歩いていく。
わたしは避けても避けても足はとられ、体は蔦に絡まれるので、とうとうその人の姿を見失ってしまい、
伸ばした手の先には濃緑の暗闇だけがあった
滂沱の涙が頬を温めた
鮮やかな油絵のようなジャングルは、急に水彩画のように溶けてにじみきってしまった
そのとき初めてなぜ彼の名前を叫んで呼び止めなかったのかひどく後悔した
私は道を失った
もうその人を追いかけることもできない
しかし、帰ることもできない
振り返ってもどこから来たかもうわからないからだ
ただただ悲しくてジャングルの中にひとりたっている
その時である
か細い羽音が頭上の髪を揺らしたのでふと見上げると、赤いプロペラを繊細に回すプラスチックの飛行機が私の上をハチドリのように飛んでいるのである
私はこの飛行機があの人のもとへと連れて行くと直感した
飛行機は私を先導し、私は涙を拭いて必死について行った
相変わらず、困難極まりない歩行であったが、足を止めるとその飛行機は私の前を立派に旋回し、小さな勇気を与えてくれた
私は信じてついて行った
行った先にはあの人が笑顔で待っていると
急に緑ばかりの風景が大きな灰色の景色によって阻まれた。
目の前にはこれ以上ない人工的な物体がそびえ立っていた
それは大きな灰色の建築物だった
この中にその人はいるのだ
そっと中に入る
自動扉があき、中に入ると後ろで扉が静かに締まる
耳をつんざく野生の一切の喧騒や鬱陶しさが遮断された
クリーンなエアコンの音だけが静かに響き、人工的な風が心地よく吹いている
前に進もうと思ったが、私の前には見えない壁があるようで進むことができない
私は自然の中にいすぎたために、人工的なこの空間に存在することが許されないのだ
褐色に焼けた肌、伸びっぱなしのとかれていない髪、木の皮が詰まった爪、擦り切れた服
私はどのくらいジャングルをさまよっていたんだろうか
その原始に近い姿は人工的な光の下に照らし出され、一点も隠されずに正直すぎるほどに露わになってしまった
真っ白の床の上に羞恥に満たされ佇む私を遠く嘲笑する視線を感じた
その方へ顔を向けると、綺麗なスーツを着た彼が立っていた
一人ではなく二人で
彼の隣には小奇麗な美人が不思議そうにこちらを見て微笑んでいる
あぁ、なぜ私はここまで来てしまったんだろうか
こうなることは分かっていたのに
体は細かな赤い砂粒となり床に散り散りになった
終
11.12
Tue